「食の不毛地帯」と言われたイギリスが「食の万国博覧会場」と呼ばれるようになって久しい。なかでも中東やインド、タイ、中華などのレストランはどの街に行っても看板を掲げている。もちろん日本食レストランも存在するが、残念なことにそこで供されるものは、現地に住む人々が「日本食」と思うものであり、我々日本人にとっての「和食」ではない。これと同じことがマレーシア料理にも言える。日本食と中華料理が混同されるように、タイ料理とマレーシア料理も一緒くたにされることが多い。実際この二つの国の料理は異なるものであり、「和食」同様にイギリスで本場マレーシア料理と出会うことは難しい。そんななか、2014年にイギリスのマスターシェフコンテストで、一人のマレーシア人主婦が並み居る有名シェフ達を抑え、その頂点に立った。
ピン・クーム(Ping Coombes)さんがその人である。ロンドンから電車で3時間ほど離れたバースという世界遺産の街に夫と二人の娘と暮らしながら、忙しく働くピンさん。12月の凍えるような夜、ロンドンのデパート「セルフリッジ」の最上階にあるピンさんのレストラン「Ping Pan-Asian」で本人に話を伺ってきた。
マレーシアのペラ州イポーという美食の街で育ったピンさんは、2000年にイギリス・オックスフォードに留学。意外なことにピンさんはイギリスに渡るまで、マレーシアにある実家の台所に入ることを禁じられていたという。その理由についてピンさんに尋ねてみると、マレーシアでは台所は一家の母が立つべき場所であり、娘といえどもそこで並んで料理をすることはないとのことであった。ではなぜピンさんは本場マレーシア料理をもって、イギリスのマスターシェフとなり得たのか。渡英後、彼女は遠く離れた母親から初めてマレーシアの家庭料理の教えを乞い、異国の地で故郷の味を忠実に再現し続けてきたのだという。
その後、イギリスで結婚し、専業主婦であったピンさんの人生は2014年にマスターシェフに選ばれたことで一変する。数々のフードフェスティバルやテレビの食番組に出演し、