世界中から愛された英王室ダイアナ妃が、滞在先のフランスで交通事故により亡くなってから今月31日で25年目となる。「陰謀があったのでは?」と当時から憶測を呼び、今なお謎の多いダイアナ妃の事故死。そんな中、ダイアナ妃は死亡事故の2年前に自身の運命を予言していたことが明らかとなった。
ダイアナ妃の死について、新たなドキュメンタリー番組『The Diana Investigations』の中で驚くべき事実が明らかになったことを米メディア『The Daily Beast』が報じている。
1995年10月、ダイアナ妃は個人的な顧問弁護士であるヴィクター・ミシュコン氏(Victor Mishcon)に気になっていることを話すため、プライベートな面会を申し入れたという。
ヴィクター氏は、ダイアナ妃が懸念している「交通事故を仕掛けられるかもしれない」と相談してきた内容を熱心にメモをとった。妃は“信頼できる情報源”から聞いたことと主張したが、彼らの正体については固く口を閉ざしたという。妃はこの情報を信じて、自分が「“死ぬ”か“大怪我をするか”どちらかだ」と予言したというのだ。
それから2年も経たない1997年8月31日、ダイアナ妃はパートナーのドディ・アルファイド氏(Dodi Al-Fayed)、運転手のアンリ・ポール氏(Henri Pau)とともにパリのポン・ド・アルマ・トンネルで交通事故死した。アンリ氏はアルコールと処方薬を摂取しており、制限速度の2倍以上ある時速65マイル(104.6キロ)でメルセデス・ベンツを走行中にバイクに乗ったパパラッチを避けようとして柱に衝突した。
ヴィクター氏はダイアナ妃と面会した際のメモ「ミシュコンノート(Mishcon Note)」を、当時のロンドン警視庁長官ポール・コンドン卿(Paul Condon)に渡したという。しかしダイアナ妃の死に関する正式な調査が始まったのは2004年1月6日で、