今年日本は戦後70年を迎える。戦争体験者が年々減っていく昨今、沖縄出身で若干20歳の二階堂ふみが芥川賞作家・高井有一の同名小説『この国の空』にて、終戦間近「結婚もできないまま、死んでいくのだろうか」という不安を抱きながら妻子ある男性への許されぬ恋により「女」を開花させていく主人公・里子を見事に演じている。戦争を知らない世代の二階堂が戦時中を生きた同じ年齢の女性をどのような思いで演じたのか、テックインサイト編集部は本人から話を聞いた。
作品の話が来た時、役よりも作品性を重要視するという二階堂ふみ。本作の最後に詩人・茨木のり子の『わたしが一番きれいだったとき』を朗読する二階堂は、この詩との出会いを次のように語る。
■自分の思い描いていた“戦争”がそこにあった。
二階堂:沖縄で生まれ育ち戦争教育はあったのですが、茨木のり子さんの『わたしが一番きれいだったとき』を中学生で初めて読んだ時、(戦争を)身近に実感する作品というのは初めてで、これが戦争なんだなって思ったんです。脚本を読んだ時にそれを思い出して、(本作は)茨木さんの詩そのものだなと思いましたね。荒井監督と初めてお会いしたとき、私と同じことを思っていたのが分かったんです。戦争を題材にしたものを作るとなった時、自分の思い描いていた“こういうものを作りたい”というのがまさに脚本に書かれていて、是非やりたいなと思って演じました。
■なぜ戦争が起きたのか? 広い視野で見ることが大事。戦争を語り継ぐ義務がある。
二階堂:皆が(戦争の)話をしないだけで、意識としては持っていると思います。私は戦争に対する思いが強いわけではなく、戦争という歴史を学んだ時に、なぜ戦争が起きたのか、そこで人々はどういうことを思い、感じていたのかが重要だと思います。戦争が悪だとか感じることはないですね。ですが、何かを肯定して戦争を語るとなると、ものすごくズレが生じてしまうような気がします。祖父母の体験を聞いて思うのは、私も母も戦争を知らないけれど、その時代を生きた人が語り継いでいることは私たちが継いでいかなければいけない。その思いと、(映画を)観た人が自分に重ねて実感するようなものを作らなければいけないという思いでこの作品を作りました。
役作り、特にセリフと仕草にはこだわったという二階堂は、昔の成瀬巳喜男監督や小津安二郎監督の作品に出演した女優の美しく聞こえる日本語の言いまわしからも、里子のセリフや仕草を研究したという。
■語尾、声の性質を変え、昔の美しい言葉を生かす。セリフと仕草は徹底的に作りこんだ。
―戦時下を生きる“里子”という女性を演じる上で、どのように里子に近づいていったのでしょうか?
二階堂:セリフまわしと仕草は作りこんだんですよね。脚本に美しい言葉があったので、それを映像の中で生かしたいと思いました。逆にそうすることでセリフに重みや説得力が出て、その時代を生きている女性の重みを持たせることができました。またセットや衣装も含め、現代のしゃべり方になるとセリフの印象が変わってしまう気がして、鼻濁音を入れたり、語尾や声の質を普段のしゃべり方と変えることは徹底してやっていましたね。
里子というキャラクターを作る上で“等身大であること”が重要だと語る二階堂にとって、撮影中に自身が19歳から20歳になったことも大きかった。脚本家でもある荒井監督の脚本は、話さなくても見れば答えが書かれている。現場での空気感や長谷川博己演じる市毛との距離感の中で里子の思いを作っていったところも大きく、セットに入って髪をまとめ、メイクをすると自然に里子になれたのではと語る。
■独りで戦う孤独感。
―あの時代に外からも内からも抑制されて、内に“マグマ”を秘めているような女性を演じる上での苦労などはありましたか?
二階堂:苦労というか夜、市毛の家で2人きりになるシーンは、2人が向かい合っているように見えるけれど実は全然違う方向を向いている男女を表現しなければならなくて。その時は独りで戦わなければいけないという思いから、ちょっとした孤独感がありました。独りで戦った結果がスクリーンに出ていた気はしたので、そういうのも含めて里子は独りなんだなと感じました。
■監督もこだわった、“食べることが生きること”。
―長谷川さんがお酌で水を飲むシーン、トマトにかぶりつくシーン、二階堂さんがおにぎりを頬張るシーンなど、本作は食べるシーンがとても官能的に描かれています。一番印象に残ったシーンを教えて下さい。
二階堂:おにぎりなど撮影で使う料理は全て太秦の美術の方が作って下さり、すごく美味しかったんですよね。どの食事のシーンも愛情がこもっていて、それがすごく美味しかったです。食べることと生きることが繋がっていたので、いいシーンだったと思います。戦争映画でこんなに食べていいものなのか?って現場で見た人に言われたりもしました。でもそういう時もあったみたいで、むしろ人々が食料をうまく手に入れるために、この時代にも僻みや妬みがあったんですよね。人間って食べないと生きていけないし、そういうものが密接じゃないですか? 全然食べるシーンがなかったりすると、逆に“この人たちどうやって生き延びているんだろう”という気持ちになるし、食べることに里子の生きようとしている姿が出ているのかな。神社でポロポロこぼした米を拾って食べたり、お米を集めたりするシーンは、“この子は生きている、里子は生きようとしている”と実感できました。監督もすごくこだわっていたところではないでしょうか。
■「恋ではなく体」本能で動く情熱や行き場のない感情。
―映画が終わったところから本番が始まるという本作のテーマ、市毛と里子の関係性はポスタービジュアル(市毛は里子を、里子は空を見上げる)でも表現されていますが、2人はどのように映りますか?
二階堂:戦争に巻き込まれ、色々な偶然が重なってしまう19歳の里子と38歳の市毛。若くてすごく情熱的で動く何かを持っているにもかかわらず、戦争があるからどこにぶつければいいのか…という行き場のない感情など、茨木のり子さんの詩『わたしが一番きれいだったとき』が里子そのものだなと思います。里子の年齢が14、15だったり、20代半ばだったりしても、市毛との関係は全然違ったと思います。違う方向を向いているけれど、一緒なのは最初から性別も違う男と女としての気持ち、恋でも愛でもないもの。監督も「里子は恋ではなく体なんだよね」と言う本能的なものなのかなと。終戦に向かっていく中で(里子の)中にある熱が膨れ上がって大きくなり、でも戦争が終われば、いつか分からないけれど奥さんと子供が帰ってくる。そういうものがあるとなった時、里子の“それでも生きる”という強さと、女としての目覚めが最後のシーンではあったかなと思います。それが2人の関係ではないでしょうか。
現場での様子を聞かれると「映画を観てぶつかって良かった、戦って良かった」と孤独から解放され苦悩が喜びに変わったことを、最後の自信いっぱいの笑顔が物語っていた。
終戦間近の東京を舞台に、当時の庶民の生活を細やかな感性と格調高い文章で丁寧に描写した本作は、戦争という時代を生きた人々をリアルかつ大胆でありながら繊細に描いている。『共喰い』などで男と女のえぐ味とロマンチシズムを見事に表現した日本を代表する脚本家・荒井晴彦が、18年ぶりに監督に挑んだ渾身の一作。
映画『この国の空』は8月8日(土)よりテアトル新宿、丸の内TOEI、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー。
(TechinsightJapan編集部 うめ智子)