放送期間は実に31年6か月、惜しまれながら今年3月末で長い歴史に幕を閉じた平日お昼のトークバラエティ番組『笑っていいとも!』。ここまで長い期間でなくても、司会者が変わることなく5年、10年と放送を続けるバラエティ番組には何か秘訣があるのだろうか。
『笑っていいとも!』の司会を最初に打診されたのは、ビートたけしだったことは有名な話である。だが驚異的な聴取率を誇った週一のラジオ番組『ビートたけしのオールナイトニッポン』でさえ、ドタキャンも含めてたびたび休んでいたたけしは、自分が帯番組向きではないことは誰よりも分かっていた。“とてもじゃないけど出来ない”とたけしに断られた番組プロデューサーが次に頼んだのが、タモリ。当時の彼は深夜番組向けタレントで、タモリ自らも“今でいう江頭2:50みたい”だったと証言している。そんな彼を司会に起用し、ここまでの長寿番組になろうとは誰が予想していただろうか。
10月6日放送の『ビートたけしのTVタックル』(テレビ朝日系)でこの話をしていたたけしにレギュラーの阿川佐和子が、「長寿番組の秘訣というのは?」と尋ねる。たけしも10年単位で続く番組には欠かせない存在として、MCやレギュラーで活躍しているからだ。
「秘訣? 文句を言わない」と語気を強めるたけし。内容や構成、そしてギャラの額まで、“制作側の言われた通りにする”のが番組を長続きさせる秘訣だというのだ。昔は番組のために良かれと思い、意見したこともあったらしい。「それやりだすと、長生きできないんだよ」。たけしの“長生きできない”とは番組が短命に終わることを意味するだろうが、これを繰り返すと各局のプロデューサーらから使いづらいと思われ、タレント生命までも終わってしまいそうである。
「タモリさんもそうだった。何も文句言っていなかったと思う」と、10年以上『笑っていいとも!』のレギュラーを務めた爆笑問題が寂しそうに話す。タモリは番組終了が公になった後、長い間レギュラーを務めてくれた出演者の楽屋を自ら訪ね、情報漏れを防ぐため事前に知らせることができなかったことを詫びて回ったと伝えられている。『笑っていいとも!』があれだけ長く続いたのは、タモリの気遣いと忍耐の賜物だったのかと非常に感慨深い思いである。
(TechinsightJapan編集部 みやび)