AKB48の1期生として活躍しながら、社長になる夢を叶えるために卒業した川崎希。それから3年。今ではアパレルブランドをはじめ彼女が手がける事業は年商6000万円となった。社長として多忙な彼女はタレント活動も続けているが、次の夢はアパレル関連の店舗展開にあるようだ。
川崎希は2005年にAKB劇場がオープンした時から出演しており、シングル曲「Baby!Baby!Baby!」や「大声ダイヤモンド」にも参加している。2009年2月にチームA公演で卒業を発表した彼女だが、その卒業メッセージには「新しくスタートしたいことは、アパレルブランドを立ち上げること」と未来の目標が明示されていたのである。
その後、彼女はメンズ中心のアパレルブランド「ANTIMINSS」(アンティミンス)を立ち上げると、続いてネイルサロン「MARON」など2店を経営して早くも社長の夢を実現した。また、タレントとして芸能事務所スカイコーポレーションにも所属しており、テレビ番組や映画、舞台でも活動するが、“元AKBの女社長”としてバラエティに登場し、さらに注目を浴びているのだ。
5月26日に放送された『マネーの羅針盤』(テレビ東京系)では、実業家としての川崎希を特集した。
やはり聞きたいのはAKB48時代の心境だ。「AKBに入る前から社長になりたいと思っていた」という彼女は、アイドルとなっても楽屋で経済誌にブックカバーをつけて「漫画を読むふりをして読んでいた」そうだ。彼女の中には“社長”の夢が日々膨らんでおり、それが前述の卒業メッセージにも反映されたのである。
しかも、彼女は「AKBを卒業した次の日に起業しました」と明かしており、夢に向かってしっかりとスケジュールを立てていたことが分かる。この時はAKB前のアルバイト代とAKBのギャラを貯めていた40万円で起業したという。
この頃、彼女の決断と行動に賛同する人はほとんどおらず、必然的になんでもひとりでやるしかなかった。「会社や工場にもひとりで行くし、洋服のサンプルなんかも自分で作った」と笑顔で語る。だが、川崎希は当時21歳そこらだったのだ。言葉にならない辛さもあっただろう。
そんな彼女も、今では事業も軌道に乗り「年商ですか? 6000(万)くらいかなぁ」と平然と話すが、それでもまだ“夢”の到達点とは思っていないようだ。「生き急いでますね」と今の自分を表現すると、「なりたかった、やりたかったことが人生で全部できたらいいなと思っているんです」とさらなる夢について明かしたのである。
現在、川崎希が考えているのはアメリカに自社ブランドのショップを出店することなのだ。「ハリウッドスターに着て欲しい」と、彼女はすでにそれを頭の中でイメージしていた。
彼女はここまで来られたのは「お金が様々なポイントで道しるべになってくれた」と振り返る。一般的な日本人や特にアイドルとなると、“お金の為に”という考え方はなかなか表に出さないものだ。「お金は目標を照らす道しるべ」と言い切る彼女には、実業家としての才能さえ感じる。
次々に目標を掲げ、留まることのない川崎希。ハリウッドスターがブランド「ANTIMINSS」を着た姿をメディアで目にする日が、近いうちにやってくる可能性は十分にあるだろう。
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)