ビートたけしの弟子である浅草キッドの玉袋筋太郎が関ジャニ∞のテレビ番組で、たけしとの感動エピソードを明かした。それを聞いて関ジャニ∞メンバーも感動のあまり涙ぐんだほどだ。
浅草キッドの玉袋筋太郎と水道橋博士は、高校卒業後に18歳でビートたけしに弟子入りしている。7月3日に放送されたテレビ「冒険JAPAN!関ジャニ∞MAP」はその1人、玉袋筋太郎が故郷の都内新宿を関ジャニ∞の渋谷すばる、村上信五と巡った。「新宿でこれを知らない人はいない」と玉袋が訪れたのが『ロールキャベツシチュー(ライス付)780円。レストラン アカシア』と看板が出たお店だ。ここはビートたけしも芸人になる前、明治大学時代によく来ていたのである。
玉袋筋太郎はビートたけしのファンだった高校生時代はおっかけをしており「肩を組んで写真を撮ったりしてフランクな関係だった」と思い出を語った。ところが弟子入りすると7年間、口さえきいてもらえなかったのだ。彼らはなんとかたけしに認めてもらおうと自分達の漫才をビデオに撮って渡し、ようやく感想を言ってもらえるようになったのである。
そんな苦労をして一人前の芸人になった浅草キッドの2人は今もたけしと懇意にしてもらっている。現在は年に2回たけしに『浅草キッドの2人が食事をおごる会』があると玉袋は言う。それは、コントのように浅草キッドが社長の設定で招待されたたけしが車でやってくるところから始まるのだ。「来るんだ、殿が。6千万円のロールスロイスに乗って」と玉袋はたけしがやってくる様子を表現した。彼らが「どうなのたけちゃん、最近やってんの?」と酒をすすめると「はいっ、頑張ってますっ」と腰を低くしてたけしも酒を受けてくれるのだ。そして別れ際に「はい、これ車代」と浅草キッドが1万円札を入れた袋をたけしに渡すのである。「たけしさんが6千万円のロールスロイスに乗ってかえっていく」と玉袋はビートたけしが去っていく様子を話した。
実は、ここまでのエピソードは水道橋博士も話していたことがあり、ある程度知られる内容だ。ところが話には続きがあり「殿はその車代のポチ袋をずっと取っててくれて神棚に飾ってくれてるんだよ」と玉袋がしみじみと語ったのだ。ビートたけしは「弟子がくれた車代だから」と使わずに毎回それを神棚に飾っているというのである。これを聞いた関ジャニ∞の2人も感動して、特に村上信五は涙がこぼれるのを上を向いてこらえながら「昼に聞く話じゃないです。夜、飲みながら聞いていたら泣いてますよ」と気持ちを落ち着けるのに苦労していたのだ。
たけし軍団はお笑いの為に体を張った過酷な芸もやってきたが、ビートたけしとのこうした感動する逸話も多い。今も師弟の信頼関係が続くのはたけしの人間的魅力があればこそだろう。
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)