映画『アウトレイジ』では出演する俳優の顔ぶれも話題のひとつだ。特に強烈なのが『悪役』のキャストなのだが、監督である北野武は映画出演をOKした者から配役を決めたという。そこで残ったのは実力派俳優ばかりとなったわけである。そんな彼らへの北野流演技指導方法はやはり奇抜なものだった。
北野武監督(以降たけし)が同映画の配役を決めるに当たって行ったのは北野映画にこれまで出たことが無い俳優達へ「北野武の映画に出てもらえますか?」と呼びかけることだった。
出演OKと答えた俳優の写真を並べて配役を決めていったのである。そこで『悪役』として起用されたのが、北村総一朗、三浦友和、國村隼、椎名桔平、加瀬亮、小日向文世、石橋蓮司、杉本哲太らなのだ。
たけしは彼らを見て「役者って『悪いやつ』が好きだね、みんないきいきしてた」と感じたという。そんな俳優として経験豊富な彼らに対してたけしが演技指導する方法が独特なのだ。テレビ「メレンゲの気持ち」でたけしにインタビューを行った久本雅美が「監督として役者にお芝居つけたりするんですか?」と聞いたことに答えたのが次の内容である。
たけしは「いちいち細かい演技指導はしないが、役者を困らせる方法は知っている」と話した。例えば、ポケットに手を突っ込んで演技するクセのある役者には、ポケットから手を出してやらせるのである。すると、その役者はポケットから出した手の置き場にばかり気がいって、演技に集中できなくなるというのだ。
また、いつもよりも歩幅を大きくとって歩くように指示すると、歩幅が気になって歩くのもままならない状態になる。こうすることによって、役者が自分を見つめなおして、今自分はどういう動作をしているのかを考え始めるのだ。
彼は、お笑い時代にテレビからスタートしただけに映画監督としても独特な感覚を持つのである。演技指導だけではなく、カメラワークにしてもバラエティなどは7台のテレビカメラで撮ったりしたのだ。その時にたけしはモニターを見ながらディレクター的なこともしていたのである。そのため初めて映画の話が来たときに「映画なんて1台のカメラでやればいいんだから楽なもんだ」といって、怒られたという。
また、たけしが才能の片鱗を見せてくれたのが、久本から自分達(彼女とオードリーの2人)を映画で使うとしたらどんな役がいいかを尋ねた時だった。たけしは即座に配役をイメージしたのである。「久本は『やり手ババア役』。これはそのままで行ける」というのはほぼ大方の持つイメージだろう。凄かったのはオードリーに対しての設定だ。
「オードリーは春日が小学校時代から心の病で入院している患者なんだよ・・」とたけしは話し出した。「友人の若林がたまに病院に春日を尋ねてくると意味の分からない言葉で『ウガーッ』って叫ぶという状態だ。若林はある日、そんな友人の春日を病院からこっそり連れ出して、アメリカンフットボールの格好をさせて街中を逃げる。春日は商店街の中を猛ダッシュで走り出し、駄菓子屋へ突っ込んでは若林から「そっちじゃない」と引き戻される。そんな愛と感動のドラマ・・・・」というシナリオをたけしは一瞬で考えついたのである。
久本や若林は感激してしばらく言葉がなかったが、春日だけは「(北野映画の)次回作として是非。タイトルは『春日』で・・」と相変わらず図々しく迫った。たけしからは鼻で笑われていたが。
しかし、このシナリオはオードリーを使ってそのまま映画にしても通用しそうな内容だ。たけしの底知れぬ才能を垣間見た瞬間だった。
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)