2001年、小学館漫画賞少女部門を受賞した「YASHA-夜叉-」。「BANANA FISH」の作者・吉田秋生氏が描くサスペンス漫画である。
ブドウ糖の過剰摂取のため、定期的に病院で検査を受けている「有末静(ありすえせい)」。それ以外は普通の少年であり、親友「永江十市(ながえといち)」らと沖縄の離島「奥神島」での暮らしを満喫していた。
しかし平穏はある日突然崩れ去る。十市の目の前で見知らぬ男らの凶弾に静の母「比佐子」が倒れ、静は連れ去られてしまった。
7年後、静はアメリカの「ネオ・ジェネシス社」にいた。日本にいる十市らの安全と引き換えに自らが持つ“貴重な遺伝子”を売り渡したのだ。並外れた頭脳から導き出される研究結果をすべて社に提供すると同時に、四六時中見張られる日々。そこから抜け出せるチャンスがやってきた。
静の保護者的存在である「ライアン博士」が日本の「洛北大」にウイルス学のスペシャリストとして紹介するという。『日本へ行きなさいセイ そして必要とあれば戦うんだ』、ライアン博士の言葉を胸に、静は日本へ戻った。
十市やその兄「茂市」、亡くなった母の兄「貴比古」らと再会した静。ほどなく静そっくりの外見を持ち、静を兄と呼ぶ「雨宮凛」が現れた。一卵性双生児でありながら時も場所も隔てて生を受けたという凛の、兄を慕う仮面の下には不穏な顔が……。
バナナフィッシュを髣髴とさせるサスペンスに、双子の愛憎劇をプラスした本作。作中の静の言葉を借りれば『憎みあい殺しあうおれと凛の物語』である。
静はバナナフィッシュの主人公「アッシュ・リンクス」を髣髴とさせる美少年。見た目ばかりではなく頭が切れ、腕っぷしが強いところも同様である。そのかたわらで力及ばずながら静を守ろうとする十市はやはりバナナフィッシュの英二を思わせるが、この作品のもう一人の主人公は十市ではない。凛だ。
静には出生の秘密があり、それゆえの辛さを共有できるのは同じ遺伝子を持つ凛のみ。静は18年存在を知らずに育った凛を受け入れようとし、凛はとある理由から静を憎み続ける。光と闇、菩薩と夜叉、作者自ら“お約束”としている双子の対照性を深く暗くえぐった双子物の最高峰と言えよう。
バナナフィッシュでは物語途中から世界観の一つでしかなくなったサスペンス部分を、この作品では巧みに消化している。作中でもっとも大きな恐怖として描かれているバイオ・ハザードが静と凛の秘密と無関係ではないため、ぶれることなく物語が進んでいくのだ。整合性を求めるのなら、バナナフィッシュよりもこちらがおすすめである。
なにかとバナナフィッシュを引き合いに出すのは2作品が世界観を共有しているため。アッシュに心酔していたチャイナタウンの少年「シン・スウ・リン 」が、華僑のボスとして本作に登場したのはファンにとってはたまらないサプライズであったろう。
物語の終焉は未解決の部分も多くすべてが納得のいく形ではない。だが終わりの向こうに確かに未来が見える読後感の良いものとなっている。さらにこの世界を楽しみたいのなら、続編「イヴの眠り」を読んでみるのもいいだろう。
(TechinsightJapan編集部 三浦ヨーコ)