食欲の秋を漫画で楽しもう第3弾は「美味しんぼ」。あらすじや見所はいまさら私が語る必要は思うので、登場人物にスポットを当てたい。白羽の矢を立てたのは主人公「山岡士郎」の公私にわたるパートナー「山岡ゆう子(旧姓、栗田)」だ。
美味しんぼの長い長い歴史は、ゆう子の出勤シーンから始まる。ゆう子当時22歳、リボンブラウスにひざ上フレアースカートのスーツ、白のパンプスと至極フレッシュないでたちだ。憧れの東西新聞文化部に配属されて夢と希望に満ちあふれている様が生き生きと描かれている。
そんな初々しいゆう子だが、卓越した味覚で「究極のメニュー」作りを任されることに。連載開始当初は山岡のアシスタントのような役割であったが、徐々に彼女は才能を発揮しだす。だがそれは仕事の才能ではない、男を巧みに動かす操縦士としての才能である。
究極のメニュー作りにおいてなにかと立ちはだかるのが、山岡の父「海原雄山」。絶縁した親子の裏側に潜むそれぞれの思惑にいち早く気づいたゆう子はそれを利用して山岡をたきつけ、プロジェクトを軌道に乗せていく。
次にゆう子が魔手を伸ばしたのは、誰あろう雄山。政界、財界のお偉方も頭を下げる雄山と対等に渡り合い、舌先三寸で丸め込んでいく。結果、長い時間をかけたものの山岡と雄山は和解し、なにもかもがゆう子の思惑通りとなった。
まるでゆう子が智謀知略に満ちた悪役であるかのような書き方であるが、私は彼女を心の底から尊敬している。彼女が人生をより楽しく、幸せに過ごすことに心を砕いているからだ。
自らの山岡に対する想いを職場の仲間に説明する時、ゆう子はこう言っている。『山岡さんは周りの人間を幸せにするわ』『そういう人間と一緒にいると楽しいわ』、ゆう子が山岡を選んだのは一緒にいると楽しいから、それだけなのだ。
確かに優れた部分を持ちながらそれを周囲には気づかせず、自分でも気づかないふりをしている山岡。そこにいち早く目をつけ、自分の手で周囲に認めさせ、最高の男に近づけていく。いわば逆マイ・フェア・レディともいえるこの作業の楽しみはいかほどのものか。想像するだけで身もだえしてしまう。
ゆう子が成長を続ける山岡の最終系として描いているのは雄山であるように思う。山岡と雄山の仲を取り持ったのはもちろん山岡のより良き人生のためでもあるが、それ以上に自分のためではないか。こんな男になってほしいというわかりやすい目標を山岡のそばに置くことで、ゆう子自身の手間は最小限に抑えられる。
ゆう子は、自身がなにかをするということはあまりない。せいぜい山岡と雄山の間をコウモリのごとく飛び回り、それぞれをたきつけるぐらいである。それなのに山岡は着々と成長していくのだから、ゆう子、恐るべし。
ゆう子は山岡を褒めることすら滅多にしない。コミックス88巻で『あなたすてきよ』と言った際、山岡が驚いて口に含んでいた酒を吹き出したほどだ。だめ男は褒めて伸ばすという定石はゆう子によって覆された。
それは漫画だから、とお考えのあなた。考えてみてほしい。ゆう子は東西新聞という典型的な男社会に身を置きながらも自分を見失わず、かつ男たちをないがしろにして自らの評価を下げることもしないのだ。これだけでゆう子がかなりのやり手であることがわかる。
山岡と雄山の和解で家族問題は一段落。さらに究極のメニュー作りの第一線からも身を引くことになったゆう子が次に着手するのは、山岡とともに子どもを育て上げ、良き家庭を築き上げること。究極のメニュー作りなど目ではないほどの大規模プロジェクトに、ゆう子の腕はさぞや鳴ることであろう。
(TechinsightJapan編集部 三浦ヨーコ)