漫画「ヒカルの碁」によって巻き起こったブームの再燃を狙って日本棋院が漫画作品を募集したのが昨年の夏。しかしその後の話はとんと聞こえてこない。同じ囲碁を扱ったからといって、これほどの傑作はそうそう出るものではないだろう。ヒカ碁の前に道はなく、ヒカ碁の後にも道はないといったところか。
この作品は主人公「進藤ヒカル」の囲碁における成長を描いたものであるが、なくてはならない存在が「藤原佐為」。ヒカルの体に魂ごと入り込んでいる、平安の都に生きた囲碁指南役である。ぶっちゃけていえば碁名人の幽霊が少年に取り憑いている状態なわけだ。
佐為の存在はヒカルしか知らない。そのため、ズルをしてずっと佐為に打たせておくこともできたはずだ。そうすればもっととんとん拍子にヒカルは碁の世界で上りつめることができたのだが、原作者であるほったゆみ氏はその方法は取らなかった。佐為をあくまで指導役にとどめ、実にまだるっこく、じわじわとヒカルを成長させることで読者を碁の世界に引きずりこんだのだ。
そして佐為とともにヒカルを導くのが同い年の天才少年「塔矢アキラ」。佐為いわく『ヒカルを成長させるために神が用意された』存在である。これは確かに真実であり、ヒカルと塔矢は切磋琢磨により互いの実力を伸ばしていく。ここでもほった氏は安直な方法はとらない。すぐにヒカルと搭矢を戦わせることはせず、塔矢ののレベルにまでヒカルを引き上げてから満を持しての対局となる。ちなみに、コミックス23巻中でヒカルと塔矢の真剣勝負が描かれたのは一度きりだ。
動きがなく漫画にはしづらいといわれていた碁を、この作品では実に熱く描いている。佐為というイレギュラーな存在をも飲み込むほどの真剣勝負の力強さは漫画らしいリアリティにあふれ、読者の心を魅了してきた。そんなヒカ碁独特の世界観を作る大きな役割を果たしているのが小畑健氏の絵である。
漫画の作画者として高い評価を得ている小畑氏にとって、この作品は出世作である。小畑氏の写実的でありながらどこか浮世離れした美しい絵が現実にありながらもどこか遠く感じられる碁の世界とマッチし、唯一無二のヒカ碁ワールドを作り上げた。特におかっぱ美少年である搭矢の美しさは神がかっており、その後の「DEATH NOTE」や「バクマン。」には類似のキャラクターがいないこともあって、小畑氏の最高傑作のひとつとなっている。
この作品は碁を知らなくともその美しい世界観だけで十分に楽しめる。年寄りくさいかもしれないが、若者がなにかに打ち込む姿というのは本当にいいものだ。誰にでも与えられ、そして平等に奪われていく若さの中での勝利と敗北。これだけで胸が熱くなることを約束する。
しかし碁を知ってから読めばおもしろさが倍増するという。確かに碁をやったことのない私にとっては、コミだのシチョウだのヨセだの謎の言葉が多すぎた。ヒカ碁をより楽しむために、まずはネットで無料の囲碁ゲームを探すところからはじめてみることにしよう。
(TechinsightJapan編集部 三浦ヨーコ)