writer : techinsight

【3分でわかる】おおきく振りかぶって

 最近の名作野球漫画といえば誰もが思い浮かべるのが「ROOKIES」。実写化によりその名声はますます高まり、野球漫画史上最高傑作とする人も多い。同ジャンルで今後肩を並べる作品があるとすれば、月刊アフタヌーンで連載中の「おおきく振りかぶって」であろう。

 祖父が経営していた中学では、“ヒイキ”によりエースだった「三橋廉」。自分には実力がないと思い込み、それでもマウンドを譲らなかったことに罪悪感を感じており、高校では野球部に入部しないと決めていた。しかし野球への未練で足は自然とグラウンドへ向かってしまう。見学だけのつもりが部に投手経験者がいなかったことからなし崩しに入部させられることとなった。

 シニア経験のあるキャッチャー「阿部隆也」は、三橋のはっきりしない性格に苛立ちつつも、いち早くその才能を見抜く。『オレがお前をホントのエースにしてやる』、その言葉通り、中学時代は4番打者だったチームメイト「花井梓」を3打席勝負で打ち取った。阿部は三橋と自分と、打たせた球を捕ってくれる野手、1点入れてくれる打者がいれば『甲子園に行ける』と宣言。それを聞いた三橋はおずおずと口を開いた。『ムリです……』と――。

 数ある野球漫画で、これほどまでに主人公がウジウジしている作品を私は知らない。才能が花開くはずの中学時代を不遇のまま終えたため、三橋にはとにかく自分に自信がないのだ。認められたいという当たり前の願望よりも強く心に根付いているのは、嫌われたくないというネガティブな思想。阿部はそれに辟易しながらも、三橋の熱意と努力を知り心の底から力になりたいと願う。

 三橋、阿部の魅力もさることながら、2人を囲むチームメイトたちが素晴らしい。彼らは大人たちが自らの夢と憧れを詰め込んだ従来の高校球児とは一線を画す、等身大の高校生たちである。彼らの一挙手一投足は感動一辺倒になりがちな高校野球ものをごくナチュラルに、リアルに仕上げるための極上のエッセンスだ。

 彼らの姿を見ていると、心の底から思う。がんばれ、と。夏大会の入場行進時におけるマネージャーの独白『みんなが一つでも多く勝てますように!』は読者すべての願いだ。ページをめくるたびにその思いが高じて、いつしか一方通行でしかないはずの漫画の中に自分が入り込んだような錯覚を覚える。しかし自己の投影先は主人公たるエースでも、試合のキーを握るキャッチャーや4番バッターでもない。マネージャーであり、応援団長であり、選手たちの保護者なのだ。

 作品の中に入ってまで彼らを応援したいと思わせるとてつもない魅力が、三橋らにはある。野球を知らない私にとって多くの野球漫画の試合の場面は退屈なものでしかなかったが、この作品は違う。単語の意味はわからなくても彼らの勝利を願う気持ちが胸の奥から込み上げ、一球一球の細かな心理描写に手に汗を握らされるのだ。

 メンタル面に重きを置くトレーニング理論も興味深い。詳細は割愛するが、瞬時にリラックスできる状況を生み出す『サードランナー!』は、「SLAM DUNK」における『オレたちは強い』と同等の力を持つ言葉として日常生活でも使えそうだ。

 日本の漫画史上、おそらくもっとも多く描かれてきたスポーツが野球である。「巨人の星」とともに野球漫画=スポ根という図式が定着し、それはあだち充によって覆された。そして新たなる名作ルーキーズの連載が終了するのと同時期に生まれたこの作品は、これ以上はないと思われていた野球漫画界の新たな扉を開いたのだ。これを読まずして野球漫画を語ることなかれ、思わずそう断言してしまいそうになるほどの良作である。
(TechinsightJapan編集部 三浦ヨーコ)